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TRPGに何を見るか

その2:遊んで学ぶゲーム、それがTRPG

2013/02/24 初稿

2013/11/29 加筆修正

 前回はアイディアの創出とTRPGについて書かせていただきましたが、今回は「遊び」と「学び」からTRPGについて論じてみようと思います。読みづらい文章かと思いますが、しばしお付き合い下さい。

 一般的には「遊び」と「学び」は異なる概念として捉えられているでしょう。しかし、文化人類学や教育学などの視座から捉えると、両者は本質的には同じになるそうです。
 例えば「かくれんぼ」という遊びですが、オニを熊などの害獣に置き換えれば、そのオニから隠れる人達は、害獣の危険から逃れようとする人々になります。オニに見つかったらお終いなのは…ここで述べるまでもないでしょう。一方で逆にオニを狩りの獲物と捉えれば、オニから隠れる人達は獲物を観察し待ち伏せる狩猟者になります。オニに見つかったらお終いなのは、獲物が狩猟者に気づき逃げられる、と考えればよいでしょう。このように、「かくれんぼ」という遊びは害獣からの防衛、あるいは狩猟を「学ぶ」ための練習といえるのではないでしょうか。またオニに捕まった人がオニになるルールは「相手の立場になって考えて、失敗した原因に気づく」良い機会になります。このルールは社会的に重要な能力であるメタ認知能力(自身やその周辺を客観的に俯瞰して認知する能力、とイメージすれば大体あっています)の獲得が期待できます。
 ここでは「かくれんぼ」を例に挙げましたが、これに限らず「缶けり」「高鬼」「囲碁」「将棋」など歴史のある遊びについても同じように考えてみると、必ず何かしらの「学び」があることに気づかされます。

 では、なぜ人間は遊びを通して学ぶ文化を持つようになったのでしょうか?
 ホイジンガ著「ホモ・ルーデンス」では文化の前に「遊び」があり、その延長が現在のすべての文化・社会活動につながっていると主張しています。また当たり前ですが、人間の寿命は有限で、しかし成さねばならないことが沢山あります。これは数多の哲学者や宗教家が異口同音に述べられていることから、この考えはほぼ間違いないでしょう。そして人間は本能的に「好奇心」というものを持っており、いつも何かに興味を持ってはすぐに飽きるという行動をとります。以上の三点から、好奇心を刺激し、かつ飽きずに取り組むことができ、そしてそれを通して「社会を生き抜く方法を学ぶ」ための「遊び」が必要とされたのではないでしょうか。その結果この類の遊びが今日まで残ったのではないかと思います。

 では最近流行っている遊びに目を向けてみましょう。
 例えばパチンコなどのギャンブルはどうでしょう? この遊びは好奇心よりも「射幸心(詳しくは各自で調べてください)」を煽る遊びです。しかし、パチンコ店での幼児置き去り、ギャンブル依存による破産や強盗といった事故・事件が問題になっている点を見ると色々問題がある遊びではないでしょうか。また、そもそもギャンブルという遊びは、お金が余っている人々の嗜みであったという歴史的経緯があることから、経済力があまりない人達をターゲットにするには、まだまだ工夫が必要でしょう。
 次にコンピュータゲームはどうでしょう? 確かに好奇心を刺激する要素が多々あります(むしろ射幸心や性的欲求を刺激するものもありますが…)。また飽きないように工夫されております(こちらもむしろ…以下略)。しかし「社会を生き抜く方法を学ぶ」ことはできるのでしょうか? 確かに大抵のゲームは論理的思考を、MMORPGなどのソーシャルネットワークゲームは言語・非言語コミュニケーションを学べるかもしれません。しかしデジタルゲームであるため、場面(状況のパターンや選択肢の数など)が極めて限定されており、社会を生き抜く方法に結びつけるのは困難ではないでしょうか。これは最近のカードゲームにも言えると思います。念のため申し上げますが、私はこれらの遊びを否定するつもりはありません。現状ではまだまだ課題がある、と主張したいだけです。

 そこで私が強く薦めたいのが、参加者が共同で物語を創りあげるテーブルトークRPG(以下TRPGと呼称)です。TRPGではゲームマスター(以下GMと呼称)は物語の骨子や素案であるシナリオを事前に作り、プレイヤー(以下PLと呼称)はそれを踏まえて登場人物の骨子や素案であるキャラクター作ります。そしてGMはシナリオに応じて状況などの場面を説明し、PLはそれに対して自身が演じるキャラクターの心情や行動を宣言します。この繰り返しでTRPGは物語として形成され洗練されていきます。
 さてこの物語の内容は「問題解決」(教職課程を履修した学生は学習指導要領の解説で学びましたよね?)であることが一般的です。思想や目的が異なるキャラクター達が、己に降りかかってきた問題をどのように捉え、そして解決していくか…。GMとPL達は互いに議論し、ときには衝突します(この衝突は参加者同士の場合もあれば、各々が演じるキャラクター同士である場合もあります)。このような過程を経て参加者間(または参加者が演じるキャラクター間)での合意が形成され、そして問題は解決されます。
 これは例えば「どうやって自分の考えを通すか」「どうやって期末試験を乗り切るか」「どうやって安定した収入源を得るか」「そもそも自分は何ができるのか」など、私たちが暮らす社会で直面する問題と、その解決のプロセスに大変よく似ています。まさに「社会を生き抜く方法を学ぶ」ではないでしょうか!

 以上よりTRPGは「どんな物語になるのか、どんな人物を演じてみようか」などの好奇心にあふれ、他人の意見を聞いて「ああ、その考えがあったか!」などといった刺激を受けるので飽きがなく、そして参加者全員で問題解決に取り組むことで「社会を生き抜く方法を学ぶ」遊びと言えます。

 よって私はTPRGこそ理想の遊びだと思うのですが皆さんいかがでしょうか?